東京地方裁判所 昭和48年(刑わ)1855号 決定 1973年10月16日
主文
本件異議申立を棄却する。
理由
公判裁判所がその訴訟指揮権に基づき一定の場合に弁護人の申出により検察官に対し証拠開示を命じうる権限を有することは、最高裁判所昭和四四年四月二五日第二小法廷決定(刑集二三巻四号二四八頁)の示すところであるが、同決定が弁護人の「申出」といい「申立」といっていない点等からもうかがわれるように、同決定に示されている裁判所に対する弁護人の証拠開示命令の申出は、裁判所に対し職権の発動を促すにとどまり、同決定は、弁護人に裁判所に対し証拠開示命令を請求する権利を認めたものではないと解するのが相当である。したがって、本件証拠開示命令の申出を採用しなかった当裁判所の措置に対し、弁護人はこれを違法としてその変更を求めることはできないものであり、本件異議申立は理由がないといわなければならない。
なお、本件証拠(司法警察員作成のKの供述調書および検察官作成の同人の供述調書。以下本件供述調書と総称する。)の開示の申出を採用しなかった当裁判所の見解を左に示す。
すなわち、最高裁判所の右判例は、「証拠調の段階に入った後、弁護人から、具体的必要性を示して、一定の証拠を弁護人に閲覧させるよう検察官に命ぜられたい旨の申出がなされた場合、事案の性質、審理の状況、閲覧を求める証拠の種類および内容、閲覧の時期、程度および方法、その他諸般の事情を勘案し、その閲覧が被告人の防禦のため特に重要であり、かつ、これにより罪証隠滅、証人威迫等の弊害を招来するおそれがなく、相当と認めるときは、」検察官に対し当該証拠の開示を命じうると判示しているものである。
これを本件について考えるに、本件開示命令の申出の時期は供述者Kに対する検察官の主尋問終了後の段階であり、また、本件供述調書を弁護人に閲覧させたとしても罪証隠滅、証人威迫等の弊害を招来するおそれはないものと認められる。
しかし、弁護人が本件供述調書の開示を求める理由(本件異議申立書の所論参照)をもっては、右判例にいう「具体的必要性を示し」たものとはとうてい認められない。
また、本件供述調書は同人の主尋問における供述と齟齬するものではなく、両者は少なくとも主要部分は同内容であろうと推認される(検察官は、両者は同趣旨であると釈明している。なお、裁判所は、証拠開示命令を発するのが相当かどうかを判断するため必要あるときは、刑訴規則一九二条の準用により検察官に対し当該証拠の提示を命じうるものと解するが、本件については、そこまでの必要を認めないので、これを発しない。もっとも、弁護人は、かかる提示命令を発すること自体に反対している。)。また、Kの主尋問に対する証言内容は、甚だ簡明であって、弁護人として、もしこの証言内容に被告人の供述等の弁護人側の資料と相違するところがあると思考するのであれば、直截に反対尋問をなしうるものである。要するに、本件供述調書の閲覧が前記判例にいう「被告人の防禦のため特に重要であ」るとも、とうてい認められないのである。
よって主文のとおり決定する。
(判事 大久保太郎)